ある街角で その1

どんな街角にも人々の息吹があって、たくさんの物語がある。
たとえ、どんなにたわいないことも二度とめぐり来ることのない物語。




物語はすぐそこに

川原
わらい
無防備
しごと
コンタクト
楽屋
あなたに届け





川原


『遊泳禁止』


「この看板を見たときはショックだったなぁ。また、私たちの遊び場がなくなったって。 夏はほんとによく遊んだんだよ、この川で。それなのにしばらく振りに来たらこれなんだもん。あーあ…」

  この川で遊ぶのはもう、できない。こんなにも穏やかなのに、こんなにも光を浴びて輝いてるのに。

「手をつけるくらいはかまわないだろ?」

  そう言ってあいつは一歩、踏み出した。

「待って。私も…」


  一歩、踏み出すと河原の砂利があの頃より大きな音を立てた。

  変わらない川辺の匂いがした。




わらい


  「もしもし、どちらさまで…ってお前かぁ。久しぶりだな。卒業以来か? …え?そんなことより聞いてほしいことがあるって、せっかちだな。

  んで、どうしたんだ?

  ・・・出物の物件を手に入れて住んでみたらアレだった、と。

  マジ?

  …幽霊屋敷って実在するんだな。うん?対処方を探してくれって? まあな、宗教とかはパスしたいわな。頑張ってみるさ。死ぬなよ。

  そうそう、一つ試してみるか?一番、手軽な方法があるぞ。 よく聞けよ、『笑え』、それだけだ。家ん中でおもいっきり笑ってやれ、俺の家だ、って。

  元ネタは判るだろ?じゃあな探してみるよ」




無防備


「ねえ、お兄ちゃん。これだとちょっと無防備すぎるかな?」

居間でくつろいでいると妹がひょっこりと現れた。

(ん?俺に聞くなんて珍しいな。もしや、デートか?)

「よく似合ってる。かわいいぞ」

そう言ってやると頬を緩めた、がすぐに引き戻す。

「ありがとう、お兄ちゃん。あのね、聞きたかったのはちょっと違うの」

(ん?)

「この格好だとナイフぐらいしか持っていけないの。それに安全靴も似合わないし…」

…さすがだ




しごと


「ただいまー」

「いらっしゃ、って亮太か。いつもより早いな」

店の横手に回ればちゃんと玄関はある。でも今日はこっちから入りたかった。

「まあね。なあ、親父。親父はどうして料理人になったんだ? 母さんは見てりゃだいたい想像がつくんだけど」

そう、これを聞きたかったから。

「そうか?まあ、俺が料理人になったわけ、か。話すと長いぞ。母さんとの馴れ初めから話さにゃならん」

「は?馴れ初め?」

意外な言葉に危うく声が裏返るところだった。

「そうだぞ。俺と母さんは幼なじみってのは知ってるよな?そんでもってライバルだった。 で簡単に言えば、母さんが俺に唯一勝てなかったのが料理というわけさ」

「は、はあ…」

「やっきになって身につけたのがそのまま人生になったんだ」

人生ってそんなもんなんだろうか・・・。



「ただいま」

「おかえり、母さん」

「ただいま、亮太。出迎えてくれるなんて珍しいわね」

「まあね。ね、母さん、聞きたいことがあるんだけどいい?」

「いいわよ。着替え終わるまで待ちなさい」


「それで、今日はどうしたの?」

「親父が料理人になったのはライバルだった母さんに料理で勝ったからってのはほんと?」

「・・・そうよ。どんなに頑張っても料理だけは勝てなかったわ。 というより、私は料理がからっきしダメなのよ」

「へぇ」

親父の言い分とはちょっと違うな。

「幼なじみでライバルみたいだったけど、 キャンプや調理実習のときとかいっつもあいつに助けてもらってた。 その背中がとっても頼もしくて惚れちゃったのよ」

「うんうん」

「卒業のときだったわね。私は遠くに進学することにしたの。 で、言ったわけよ『私は遠くに行くけどあなたは私の帰る場所でいて』って」

「へぇ」

大胆だな。

「それで帰ってきたらどうなってたと思う?あいつ、ここに店を構えて私を待ってたわけ。 それでめでたく今に至るというわけよ」

なんのかんの言いながら幸せそうだな、二人とも。

さあ、俺の未来はどこへ向かってるんだろうな。




コンタクト


風の強い日、学校への最後の角を曲がると、そこに彼女がいた。

彼女は風の中を泳いでいた。一瞬時が止まる、俺はその風景に見とれた。



あのファーストコンタクトをよく覚えてる。それはとても幻想的だった。

そして二度目は突然に。



いつもどおりの帰り道だった、その猫と出くわしたのは。

そいつは黒で翡翠色の眼をした白足袋だった。

たぶん俺はそいつの目を見つめて微笑みかけてたんだと思う。

ふっと隣から声が聞こえた。


「猫は好きですか?」

「え、ええ」


いきなりのことに驚いた、が何とか同意の声を発し横を向いた。

そこには見覚えのあるあの人がいた。初めて聞いたその声は、この人によく似合っていた。


「私も大好きです。私もきっとこの子とにらめっこをしたら、すぐに負けてしまうでしょうね」


彼女はそう言ってふわりと微笑んだ。

眩しかった。

そのまま、時が停まる。

俺は今、彼女に微笑み返しているんだろうか?



「な〜」


不機嫌、そうとしかとれない鳴き声が聞こえた。はっと、猫を見ていたことを思い出す。

気づけばもう、彼女はそいつに話しかけていた。


「ごめんね。あなたも無視されるのは嫌だもんね」


視線を合わせ、やさしく話しかける。


「ね、あなた綺麗な目をしてるね。もっと近くで見せてくれない?」


猫がこくんと頷いた。


そんな気がした。



「ねえ、そこの君もおいでよ。この子が見せてくれるって」

「はい」


頷いて彼女の隣へ。



俺が近づいてもそいつは逃げなかった。

差し出された彼女の手のひらに顔を擦り付け俺を見上げた。


「大丈夫、悪い人じゃないから」


先輩の声が聞こえた。

そいつがちょこんと座り見上げる。



眼が、合った。


自然と微笑がこぼれた。


「ねっ、綺麗な目でしょ?」


すぐ隣で聞こえた先輩の声。その声がまわりを包んでいく。そんな気がした。


「僕も、そう思います」

「よかった、そう言ってもらえて。この眼がコワイって言う人もいるから」


声にほっと、安堵の色が混じる。


「そうなんですか?」

「うん、たまにいるの。私はこの眼が大好き。この、セカイを真っ直ぐに見つめる瞳が」


彼女は微笑み猫の背を撫でる。猫は目を閉じ、彼女に全てをゆだねる。

降り注ぐ陽光も、流れる風もとてもやさしい。

いつまでもここにいたい、そう思った。




楽屋


「おつかれさま」
「おつかれさま」

裏方担当の子と擦れ違う。今回の物語もまた、無事に幕を降ろした。

「あ゛ー」


自分でもよくわからない声を吐いてベンチに腰掛けた。


「あー、もうどうして毎度毎度私が舞台に立たなきゃなんないのよ」


自然と零れ落ちたことば。後ろの気配なんて全然わからなかった。


「それはあなたがヒロインだからよ。毎回毎回憎まれ役の私のことも考えてよね。 ・・・やだっ、舞台降りたのに性格が戻らなくなってるじゃないの」


はあっと息を吐き顔を見合わせて苦笑する。

だってシナリオ書くのいっつもあいつだもん。




あなたに届け


俺の前にドンっと置かれた皿。見た目は悪くない後輩の手料理。

しかしなぜかオーラを感じ視線を彼女に向けた。

目が、合った。

不安に揺れていた。


「あの、嫌いな野菜とかありましたか?」


彼女が先に口を開いた。


「いや、さ。なんかプレッシャーを感じるんだ」


ん?と小首を傾げるとあははと苦笑をした。


そして


「隠し味は気迫です」




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