学校の階段!?

第17章 ほんとうの、きもち。

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健は、気がつくと木造の建物の中に倒れていた。どこかで見たことのあるような造りだ。 どうやら、自分が倒れていたのは階段の踊り場らしい。頭を上げると、上に続く階段が見えた。 踊り場にある窓から、暖かい陽の光が差し込んでいた。今は夏真っ盛りではなかっただろうか。

「・・・ここは・・・」
『高校よ、私が生きてた頃の』
「?!!!桜儚?!!」

急に視界を桜儚の顔が遮ったので、健は慌てて飛び起きた。少し後頭部がズキズキする。

『どうやら、ここは75年前の世界みたいね』
「桜儚?僕達、どうしてここに…」

すぱーんっ!!と勢いよく、健は頭を叩かれた。

「い、痛い…!!」
『アンタ、馬鹿?!さっきリュウの首飾りの中に吸い込まれたんでしょうが!! しかも健ってば、自分から飛び込むんだもん…お陰で私も巻き添え食らったわ…』

ぶつくさ言ってる桜儚をよそに、健はそうだったと思い出した。 あの時、リュウが自分を呼んでいるような気がした。何かを見せてやる―そう言っているような。 それは、リュウしか知らないことなのだろうか。

そんな事を考えていると、上から声がした。初めは何を言っているかよく聞き取れなかったが、 次第にその声も声の主も健達の所へ近づいてきていた。

「お〜い、待ってよゲン!!私も行く!!」

男の声、これは…。

「リュウさんの声・・・?」
『そうね…リュウだわ』
「早くしろよ、リュウ!!日誌渡しそびれちまうだろ?!」

もう一人、リュウより高い声の男。

「ゲンって…」
『源三のことよ』

あの小村雑貨店のお爺さんだ。そして、源三がひょっこり姿を現した。 そう言われれば、面影がある。彼は健達がいる方へと視線をやるが、 そこに知らない人がいあるというようなリアクションは見せない。 やはりこれも、白井の時と同じようにホログラム映像なのだろう。 そして、源三から少し遅れてもう一人の声の主がやってきた。 源三より低い背に、分厚い眼鏡。冴えないボサボサの髪の毛…そう、 首飾りで見たのと全く同じリュウだった。

『・・・リュウ・・・』

桜儚の声が、幾分か切なくなったように健には聞こえた。普段出さないような声だ。 そりゃ、リュウは桜儚の想い人だし、75年ぶりの再会だからそういう声に自然となってしまうのだろう。 しょうがない・・・と頭では分かっていても、どうしようもなく胸が痛んだ。 健はもう、自分の気持ちが何なのか、知っていた。 目の前で繰り広げられる75年前の源三とリュウの会話が微かに聞こえた。

「さて、日誌出してさっさと帰るぞ。今日は図書館に行く約束だったしな」
「あ、桐生さんと…だろ?あの、三つ編みの女の子」

桜儚が、「えっ?!」と顔を上げた。

「そーそ、あのじゃじゃ馬娘な。どうだ、お前も行くか?」
「あぁ、私がお邪魔でなければご一緒させて貰うよ」

源三がぺろりと舌を出しながら言うと、リュウはにっこり笑いながら言った。 どうやら、この時点でまだリュウと桜儚に面識はないらしい。

『…思い出した、この日だわ…私とリュウが初めて喋った日!!』

突然、桜儚がそう言った。

「え、どういうこと?」
『えっとね、私とリュウは同じクラスだったんだけどそれまで言葉を交わす機会がなかったの。 で、調べもので元々幼馴染だった源三と図書館に行く約束をしててね… たまたまくっついてきたリュウと言葉を交わすようになったの。それから私達は仲良くなったのよ』

健は桜儚の話を、複雑な気持ちで聞いていた。桜儚の話は止まらない。 リュウが高い所にある本を取ろうとしていた桜儚の代わりに本を取ってくれたこと、 実はそれもリュウが一生懸命背伸びをしていてからこそ取れたもので、 取った瞬間にバランスを崩して本棚に向かって一直線に倒れていったこと、 予想通り本棚が倒れてきて桜儚とリュウは本に埋もれたこと、 そして源三がそれを見てからかってきたこと…。

『アイツ、私と同じくらいの背のはずなのに無理して一番上の棚なんかにある本取るから…』

桜儚は心からの笑顔を見せながら、笑っていた。確かに内容は面白い話だ。 しかし、健は「へぇ〜」とか「そうなんだ」くらいの相槌しか打てず、 心から笑うことも出来なかった。桜儚の中でのリュウの存在がこれほどまでに大きいものだったなんて、 もう自分に勝ち目はないと分かってしまった気がした。

『…健?』

健は、桜儚が自分の名前を呼んだことにハッとした。気付いたら自分は俯いていて、 桜儚が下から顔を覗き込んでいた。

「へっ?!あ、な、な、何?!!ごめん!!」
『…どうしたの?何か、いつものアンタらしくない…』
「僕…らしくない?」

そうよ、と桜儚はちょっと寂しそうな顔をした。

『アンタ、いつもへらへら笑ってるじゃない…』
「へらへらって…僕変な人みたいじゃない〜」

その擬態語に、健はあはは〜、と苦笑した。

『それよっ!!』

その顔に桜儚がびしぃっ!!としたり顔で指差した。

「へっ?!!」
『アンタはその顔をしてればいいの、分かった?!』
「この顔って…」

健は何のことかさっぱり分からなかったが、桜儚は少し照れくさそうに言った。

『健の笑顔がないと…落ち着かないのよ…』


あぁ・・・、駄目だよ桜儚。

そんなこと言ったら。

嬉しくてしょうがないじゃないか。

健の鼓動が速くなった。もう、必然としか言い様のないものだ。 それと同時に、一瞬だけど、リュウに対して「勝った」という気持ちが起こった。

・・・あ、あれ?

何で、「勝った」って思ったんだろう?

僕、今・・・・・・ナニヲカンガエタ??

健は、自分で自分が分からなくなった。だけど、今抱いた気持ちが何なのかはうっすら分かっていた。 でも、それがリュウに対してそんなことを思っていることに嫌悪感を感じた。 そんな感情の渦巻きの中、健と桜儚の足元がぐにゃりと大きく歪んだ。

『な、何?!!』
「場面が変わるのかな…」

そんな二人の会話につれて、階段の踊り場が木造の教室へと姿を変えていった。




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