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学校の階段!?

第1章  出会いは始まり

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 「た〜だ〜い〜まぁ〜。」

「お邪魔しま〜す!!」

五寸神社裏の健の自宅に戻ったのはそれから1時間後の事だった。
あの後達樹はまた歩いて帰ると言った健を引きとめ、電車賃を奢ったのだった。

「奢らなくても良いのに…」

「何言ってんだ、お前今日金持ってないだろ?気にすんな。」

「むぅ〜…じゃあ、今日うちでお昼食べて行って。それで帳消し♪」

「そうだな…って、そっちの方が高いじゃねぇか!!」

「い〜の、どうせ帰っても爺ちゃんと二人だし。ね?」

「…はいはい。ま、お前の飯美味いからな。」

そんなこんなで達樹も一緒に来ることになったのだった。
しかし、家にいるはずの顕彰は一向に現れない。

「いねぇみたいだな、顕彰さん。」

「おかしいな〜…辰さんの所にでも行ったのかな〜?」

『辰さん』とは顕彰の囲碁仲間である。
とにかく中に上がって、いつも顕彰がいる客間へと向かう。


「嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ?!!」


奥から健の悲鳴のようなものが聞こえてきた。

「どうした、健?!!」

達樹は急いで靴を脱いで客間へと走った。
そこで見たものは、何かの紙を持って震える健だけだった。


「…健?」

「たぁ〜つぅ〜きぃぃ〜〜〜〜〜!!!」

振り返った健の顔は涙やら鼻水やらでぐじゅぐじゅだった。

「爺ちゃんがぁ、爺ちゃんがぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!」

「顕彰さんがどうしたんだ?」

話せないほど泣いているので、達樹は健の持っている紙を見た。

『マイ孫・健へ
 ちょっくら温泉に行って、カナダ行ってくる。
 留守中お払いやら祈祷やら任せた。
 ヨロピク♪      顕彰より』


…色々突っ込み所満載の文だった。

「爺ちゃん、また急に行っちゃったよぉ〜〜〜!!」

そうなのだ。顕彰は旅行に行くと決めたらすぐ行ってしまう性質で、つい先週もいきなり新幹線に飛び乗って京都に2泊3日で行ってしまった。

「ったく、顕彰さんもしょうがねぇなぁ…。」

「…しょうがないよ、爺ちゃんそういう人だから。さ、ご飯の準備するから達樹はそこ座ってて。」

健は苦笑いして台所の方へと歩いて行った。
達樹はずっとあの健の苦笑いを見てきた。
いつも顕彰の性格に呆れながら、笑って許しながら、…寂しそうに笑っていた。
そんな健を見るのがいつも辛かった。

「一番初めにあの顔見たの、いつだったかな…」

ぽつり呟いた達樹の目に留まるのは、決まって客間にある写真立てだった。



「「ごちそ〜さまでした!!」」

健の作った昼ご飯をたいらげた二人はしばらく幸せ満載だった。

「くぁ〜、美味かった〜!!」

達樹は満面の笑みで楊枝をしーはーさせる。

「今日は久しぶりに、にぼしからダシを取ったんだよ♪」

そう言いながら健は少し熱めのお茶を注ぐ。

「本当、お前の料理は美味いわ!!」

「えへへ、ありがと…」

「…さて、飯も食ったし…」

そう言うと、健は急に沈んだ表情になった。

「どした?何沈んでんだよ?」

「え?!…ううん。ただ…帰っちゃうんだな〜と思って…」


ごっっ!!


「い、痛いよ達樹ぃ〜!!何する…」

「お前な、最後まで人の話聞けよ。」

「???」

そう言うと、達樹は懐からドスを…いやいや、携帯を取り出した。

「…あ、ハナさん?俺だけど、また健ん家に暫く厄介になるから…え?何日間?
分からないよ、顕彰さん今度はカナダ行っちゃったみてぇだから…(中略)…うん、らしいんだ〜。
…え?向かいの遠藤さんが?…本当かよ〜!!…まさかあの奥さんに限ってそれは無ぇだろ〜…(中略)…だろ? ははは…あ、そ〜いやさ…(中略)…ははは…じゃ、家の事任せたよ。…うん、健に言っとく…はいは〜い。」

やれやれ、と呟くと達樹は携帯のボタンをピッと押した。

「健、まぁそーゆー訳…あれ?」

達樹の背後にエプロン姿の眼鏡青年の姿はなかった。

「あ、達樹〜?お話終わった〜?ハナさん、何て〜?」

そして、その青年は手をエプロンの裾でふきふきしながらやって来た。

「お前なー、ちょっとは『待つ』って精神を持てよー。」

達樹は渋い顔をして健の顔を見た。

「だって〜、達樹もハナさんも一旦話し出すと止まらないから〜…」

健が苦笑いをしながら言うと、達樹も言い返せなくなった。
そう、山梨家の家政婦宮田ハナ(年齢不詳)は『喋り倒しのおハナさん』として緑ヶ丘町内でも有名である。

「それで、何て?」

「あ、そうそう。俺、今日から暫くお前ん家に居候するから。そしたらハナさんが向かいの遠藤さんの奥さんが…」

「…へ?」

健はいきなりの居候宣言で頭が達樹に追いついていない。

「だから、お前ん家に寝泊りすんの!!いけねぇか?」

「…い、いけなくないよ!!勿論、喜んで!!」

健はパァッと明るい笑顔になった。こういう所はまだ子供である。

「じゃ、またお世話になりま〜す。」

達樹はニカッと笑った。彼は顕彰の放浪の旅ごとに、彼が帰ってくるまで健の家に泊まり込むのが習慣みたいなものだった。一人になるのを怖がるという健の性格を知っているからだった。



 「じゃ、お休みな。」

「うん、お休み〜♪」

時刻はもう10時を回っていた。二人は明日も学校へは電車で行こうという事にして、別々の部屋に入った。達樹は顕彰の部屋に泊まるのだ。

「…ふぅ。」

電気を消し、布団にゴロンと横になった健はすぐ眠りに落ちるモードに入った。

「今日はいろんな事があって疲れたなぁ…。」

完全に入ってしまう寸前、そう思った。





その日、健は夢を見た。

・・・。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


がばっっ!!


「…またか…。」

暗闇の中、そう呟く健の声がした。

汗で濡れたその額を、カーテンの隙間から差し込む月光が照らしていた。




あの「出会い」が、全ての始まりだった。






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