学校の階段!?

もう、戻れない・・・。

14


「気がついたか、テムズ?」


光る触手に絡まっている従兄弟の顔を覗き込んで、撫子は言った。


「・・・モニカ?僕はどうしてこんな格好を・・・?」

「少しこの状態でいてくれ、すまない・・・。テムズ、何故Satanと契約した? お前の体には、黒魔術師の血は流れていないだろう?」


  撫子の口調が急にきつくなった。その目も怒っているというより、従兄弟を心配する感じだ。 テムズは下を向いた。


「…ごめん、僕は…小さい頃から本当にモニカを愛していたんだ…。 だから、ゆくゆくはきちんと告白して、結婚するつもりだった。 でも、君にはシュパイヤーの後を継ぐという重大な使命があった。 そのために君は日本に行ってしまった。…寂しかった。 君がいなくなってから、僕の生活は色を失くした。 だから、せめて僕がモニカの仕事を手伝って…早く帰ってきてほしかった。 そして、僕の想いを伝えたかった…。それをね、モロゾフ爺さんに言ったんだ。」

「お爺様に!?」


  テムズは頷いた。


「そして、爺さんは言った。 『除霊者ではないお前にも、モニカを助けてやれる方法が1つある』 って。そして、僕は1冊の本を貰った・・・」

「『Satan』か・・・!!」


  その名の通り、サタンの全てが記されている本である。 黒魔術師は絶対に1冊持っており、門外不出の禁書とされている。


「そして、僕は契約を決行した。そして、この体となったんだ」


  撫子は沈痛な表情でテムズを見た。彼は自分の為に命をも投げ打ったのだ。

「テムズ…私はな…」


  そして、重い口をゆっくりと開いていく。


「私は日本に永住することにしたよ」

「…モニカ…なんで?」

「私は除霊者ではない、神霊者なんだ。お婆様の血を受け継いでしまってな・・・。 そして、私は黒魔術を使えない。異端者だ。だから、私はシュパイヤーの人間ではいられない…」

「じゃ、じゃあ…アーノルドの方に来ればいいじゃない!!何も孤児になることなんて…」

「アーノルドの家に迷惑をかけたくないんだ。異端者は罰せられる、いずれ私にも罰が与えられる。 そんな時、事情を知らないフランクお爺様達に迷惑をかけたくないんだ。それに…」

「それに…?」

「…私には日本に愛する人が―タツキがいる。私のせいでタツキにも被害が及ぶかもしれぬ。 そんな時…守ってあげたいんだ。たとえこの命尽きようとも、 彼がいなくなってしまうくらいの痛みや悲しみに比べればなんてことは無い。 だから、私はここに残る。もう決めた事だ…もう…もう、戻れないんだ…」


  撫子はそっとテムズの頬に触れた。彼女は笑顔だった。
しかし、その目じりから大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていた。


「モニカ…」

「テムズ…ありがとう、そして…すまない……」


  テムズは首を横に振る。


「モニカが決めた事なんだろう?大丈夫だよ、君ならタツキ君を守っていける。 両家の事は心配しなくていいから、君はこの日本で、君の人生を歩んで。…いい?」


  撫子はしゃくりあげながら頷いた。


「泣き虫な所は変わらないね、モニカは・・・」


  テムズはしょうがないな、という笑顔でほほえんだ。

  そして、こうつぶやいた。


「I hope I will be killed you if Satan wakes up, Monica, and…Ken.
(もしサタンが目覚めたら、モニカとケン君に殺されたいな)」


「テムズ?!お前、何を…」

「分かってるよ、サタンは肉体を殺さないと闇に還らないんだろ?」


  撫子と健は顔を見合わせた。2人ともそれは知っていた。 だから、健の術でサタンの魂を一時的に押さえ、テムズにそれを伝えようとしたのだ。


「だから、僕の最後のお願いだ…いいかな?」

「テムズ……」

「分かりました、僕と撫子さんで貴方を極楽浄土に連れて行きます!!」


  健がそう言って、にっこり笑った。つられて、テムズも笑った。


「あはは、頼もしいboyだ!!頼んだよ、ケン君」

「はい♪」


  そして、テムズは撫子の頬にキスをすると、ふっと笑って意識を失った。



「Goodbye, Monica. I LOVE YOU…(さよなら、モニカ。愛してる)」



  そう言い残して。




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