学校の階段!?

第2章  用務員は凄い人

 目覚めると、見慣れない天井だった。
健は体をゆっくり起こすと、辺りを見回してみた。 見慣れない賭け布団、部屋の造り、ちゃぶ台に障子…。

「気ぃついたか?少年。」

奥からひょっこり顔を出したのは昨日の天の助けのおっさんだった。

「え?こ、ここは?」

つい今起きたばかりで、さっぱり事情が分かっていない。

「ここはわしの部屋、用務員室じゃよ。お前さんの連れがここまで運びこんできたんだよ。感謝せい。」

よくよく見ると、おっさんというより『爺さん』の方が合っている。

「あ、あの…連れって…」

「背の高い男の子じゃよ。今は買出しに行って貰っておるがな。」

達樹、帰ってきたらありがとう言わなきゃ…と一人心の中で思った。 そして、もう一つ大事な事を思い出した。

「あ、お、桜儚!!桜儚は?!」

『私が何?』

いきなり目の前に美少女の幽霊が現れた。桜儚だ。

「う…うわぁぁぁぁぁっっ!!び、びっくりした〜…」

『何よー、人がせっかく心配してあげてたのに…』

言えない…可愛い顔が目の前にあったから驚いたなんて。口が裂けても。

「…え?桜儚、僕の事心配してくれたの…?」

『そうよ、だって大事な体じゃない。』

「桜儚…」

『私の積年の恨みを晴らす為の体なんですもの♪』

がくっっ!!

…ちょぴっとでも期待した自分がミラクル馬鹿だった…健はそう痛感した。

「先輩、あまり病みあがりの人間いじめないで下さい。お払いしますよ?」

桜儚の後ろからあふれんばかりの笑顔でお茶を持ってきた爺さんが声をかけた。

『ちょっと、坂下!!』

「冗談じゃないですか。嫌だなぁ、先輩ってば。」

『…アンタの発言は全て真剣みを帯びてんのよ…』

桜儚は爺さんの事を「坂下」と呼んだ。多分この人の苗字だろう。

「あ、あのぉ〜…坂下…さん?」

「ん?何じゃ?」

お茶を手渡された健は尋ねた。

「坂下さんも…実は幽霊なんですか?」

爺さん――坂下はお茶を片手にハッハッハと盛大に笑った。

「おやおや、最近の霊力持ちの人間は生身の人間からも死気を感じるのかい?」

「い、いえ!!そうではないんですが…え?」

健は慌てて訂正して、坂下の発言に驚きもした。

「死気って…坂下さん、まさか…霊能力が…?」

「そうじゃ。坂下安二郎、64歳。学校の用務員兼大羽神宮の神主をやっとる。」

坂下は胸を張って応えた。

「お…大羽神宮ぅぅぅぅぅぅっっ?!!!」

健がお茶をぶちまけるほど驚くのも無理はない。 大羽神宮といえば、日本でも有数の高霊能力者達(業界では『神霊者』という)の集まる所で、 その神主は日本一の神霊者であると言われている。いわば、顕彰や健の上司の上司の…(中略) …上司に値する人なのだ。つまり、すっご〜く偉い人である。

『でも、職務放棄して学校の用務員の仕事に精出してるのよね〜。』

桜儚がじと〜っと坂下を見た。
坂下はハッハッハと笑って新しいお茶を淹れ直した。

「毎日あんな堅苦しい格好して悪霊払いなんてやっとるより、 草むしりやら蛍光灯の取替えやっとる方が楽しいしのぅ〜。」

「でも、よっぽど凄い神霊者なんですよね〜。大羽神宮の神主だなんて。」

「まあのぅ、この学校に来たのも先輩を払ってくれと頼まれたのがキッカケだったし…」

「え?!」

こいつは意外な話を聞いた。桜儚を払う為に大羽神宮の神主が出てくるなんて彼女はそんなに強力な霊なのだろうか。

『で、私の野望を手助けしてくれる事になったのよね〜。』

「へぇ〜…でも、何で坂下さんにとり憑かなかったの?」

それはもっともな話だ。こんなに強力な神霊者に憑けば、積年の恨みなんかすぐに晴らせただろうに。

『それがね、坂下にはどうしてもとり憑けないのよ。』

「そう、どうやらわしの体質が先輩には合わんらしい。」

「じゃあ…僕は?」

『私がとり憑きやすい体質みたいね♪』

あはは、と健は苦笑いした。


「お〜い、坂下さ〜ん。生姜湯買ってきたぞ〜。」

ガラガラと裏戸が開いて、スーパーの袋を提げた達樹が入ってきた。

「あ、達樹〜。」

健は布団から出て達樹を出迎えた。

「健ー!!」

達樹はどてらを羽織って出迎えた親友の姿を見るなり、ガバッと抱きついた。

「た、達樹ぃ…苦しいよ…」

「良かった!!もう大丈夫なんだな?」

彼らしい快方祝いだった。

「うん、ありがとう。」

健は素直に「ありがとう」が言えた。

その後は達樹の買ってきた生姜湯を飲んで、坂下と世間話をしていた。
坂下は色々な話をしてくれた。自分に霊力があることが判って小さい頃から除霊をしてきた事、 20歳という若さで大羽神宮の神主になった事、除霊がきっかけで奥さんと出会った事…。

「実はそのきっかけとなったのが先輩の除霊なんじゃよ。」

「桜儚と?」

こいつは凄い繋がりだと感心した。

『私も驚いたわよ。あの満江が母校の先生になって、しかも私の話、ちゃんと覚えていたんですもの。』

「あれ?今の、桜儚さんの声?」

突然、達樹が言ったので健は再び湯飲みをひっくり返した。

「…達樹、桜儚の声が聞こえるの?」

「あ?あぁ、そうみてぇ。…でも、何でだ?」

「この部屋にかけてある『霊波術』のせいじゃよ。」

坂下は教えてくれた。大羽神宮の本殿は霊力が無い人間にも霊達の声が聞こえるよう 『霊波術』という複雑な術がかけてあるそうだ。そして、彼もそれを応用して用務員室にそれをかけたのだという。

「それ、健にも使えるのか?」

達樹は健が術を少しは使える事を知っている。

「う〜ん…まだ無理かもしれんのぅ…かけるのは簡単じゃが、それをずっと持続させれるだけの霊力が無いと。」

「僕にはまだ無理だよ〜。」

健は自分の霊力がそれを持続させれるだけの域には達していない事を十分理解していた。まだまだ経験不足なのだ。

『さぁ、健!!もう治ったなら行くわよ!!』

「え?い、行くって何処へ?」

『今日中に私が学校内を案内してあげる。明日から活動開始よ!!』

「…は〜い。」

健は坂下に礼を言い、達樹はどうする?と聞いた。

「俺はここで坂下さんとだべってるよ。頑張れな♪」

本当はちょびっと付いてきて欲しかった。

「じゃ、行ってくるね。」

少し重い足を無理やり動かして、健は廊下へと出た。







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