健が用務員室へ辿り着いたのは夕暮れ時だった。
「どうしたんだよ、健?!ちょっと見ない間に痩せたか?」
「ちょっと」っていうか、ここで別れたのは数時間前のはずだ。
しかし、達樹の言うとおり健の頬は少しどころか、かなりこけている。
「は…はは…ちょっと桜儚に叱咤激励されて…」
健の体もそうなら、喉から発せられる声もヘロヘロである。
『健の記憶力が本当悪いから、ちょっとしごいてあげたのよ♪』
桜儚は可愛らしい声と満面の笑みで言った。坂下も達樹も悪寒がした。
「…そ、そういや、桜儚さんって30分しか健にとり憑けないんじゃ?」
慌てて達樹が進行方向を転換させた。
「あ、それは大丈夫じゃよ。」
うまい具合に坂下が進行速度を上げてくれたので、ニアミスは免れた。
「先輩はこの校舎内だったら自由に動けるんじゃ。この校舎内の至る所に『休霊地』を作っておいたからのぅ。」
「…何スか、その『きゅーれーち』って?」
「簡単に言うと、霊達の力を補給する所だよ〜。」
健も一生懸命速度上げに協力した。
「ほら、教室の後ろの黒板にもお札が貼ってあるでしょ〜?
霊はあそこに触れると、自然と力が回復するんだ〜。
桜儚のタイムリミットも力が無くなると自動的に休霊地に引き戻されて回復する仕組みになってるみたいなんだ〜。」
坂下は健の説明に驚きつつ、感心した。
「ほぅ、よく分かったのぅ。わしでも1年はかかったのに。」
「え…っと、今日テスト中に考えてたんです…」
健は褒められて、顔が真っ赤になった。
「ふぅ〜ん…何だか複雑なんだな、霊の世界も…」
普通の勉強では全国有数の頭脳の達樹でも、専門的な話はやはり難しい。
『まったく、そんな事はよく判って記憶力が悪いなんてね。』
桜儚の一言は健の胸によく刺さるよう出来ているのかもしれない。
「じゃ、じゃあ…僕達今日はこれで…」
「そ、そうだな。じゃあ坂下さん、お茶ご馳走様!!」
「あ…」
坂下が引き止めようとするや否や、二人は疾風の如く消え去った。
用務員室には、坂下と桜儚だけが残った。
『…坂下、今健に何言おうとしたの?』
「え?…いや、彼なら…出来るかなと思いまして…」
『何をよ?』
「それは…まだ秘密です。」
坂下は何の悪気もなくにっこりと微笑んだ。