学校の階段!?

第4章  10年前の真実

3

―10年前、緑ヶ丘町、五寸釘神社。

「健〜、健〜!!」

神社の境内を掃いていた顕彰は、その声を聞いた。

「どうかしたんか、雪葉さん?」

「あ、義父様。健が部屋にいないんです〜。」

『雪葉さん』と呼ばれた肌の白い女性は、困ったわという顔をした。
長い髪がまだ少し寒い風に棚引く。

「む〜、健ももうすぐ小学生だからな。遊びたい盛りなんじゃろ。」

顕彰は心配するでないよ、と笑いながら雪葉を家の中へと促した。

「お前さん、今は自分の体を大事にせにゃいかんぞ。」

「そうですか〜?」

雪葉はそう言いながら、自分のお腹にそっと手を当てた。

「もうすぐ優秋(ゆうしゅう)も帰ってくるし、心配いらんよ。さ。」

「…はい。」

雪葉はにこやかに微笑んで、玄関の扉を優しく閉めた。


「ただいま〜♪」

五寸家の稼ぎ所、五寸優秋が帰ってきた。

「あら、優さん〜。お帰りなさ〜い♪」

雪葉は優秋の姿を見るなり、ぱたぱた走ってきて抱きついた。

「ただいま雪葉ちゃん〜♪今日も元気だったか〜い?」

優秋の方も雪葉をギュッと抱き締めた。

「優さん、お疲れ様♪お風呂にする?ご飯にする?」

結婚10年目に突入したのに、新婚そのもののらぶらぶっぷりである。
後ろから、顕彰がエヘンと咳払いをした。

「と、父さん!!!」

「義父様〜!!!」

二人は慌てて離れた。顔が真っ赤である。

「お主ら、健を探す気はあるのか…」

「健?健がどうしたんだい?」

「あのね〜、ちょっと前から健の姿が見えないのよ〜…」

ちなみに、今は日も暮れかかっている。

「何処かで友達作って遊んでるんじゃないのかい?」

優秋はそう言いつつトレーナーに着替えた。

「う〜ん…でもねぇ…」

雪葉の次の言葉で二人は目の色を変えた。

「今日は満月の日だからぁ〜…」



「僕は何故か満月の日になると、霊力が暴走してしまうんです。何かショックがあると、勝手に物が壊れたり、変な音が聞こえたり…」

「ふむ、健君は余程強い霊力持ちなようだな。わしもあった。」

「それで……。」



  優秋と顕彰は『力』を駆使して健の居場所を探し出した。

「見えた!!」

「…何じゃ、神社の境内の中で眠っておるよ。」

顕彰の言葉に雪葉はほっと胸をなでおろした。

「迎えに行ってきます〜。」

…それが、悪夢の始まりとも知らずに。


  五寸釘神社、境内内。

「健〜、何処に隠れてるの〜?出てらっしゃ〜い。」

優しい声が真っ暗な境内の中に響き渡った。
しばらくして、5歳になったばかりの健は目を覚ました。

(…そっか、爺ちゃんの掛け軸汚しちゃってここに隠れたんだっけ。)

自分が何故ここにいるのかもやっと分かった。

「健〜。」

(あ、お母さんの声だ…。)

まだ少し寝ぼけていたが、この声だけは間違えるはずがなかった。

「おかあさ……」
そう叫ぼうとした瞬間だった。

  黒い影が健の前に降り立った。


「お前…神霊者だな…。」

「だ、誰?!!」

「お前にとり憑けば人間を滅ぼせる…」

母を――雪葉を呼びたかった。
しかし、「助けて」という言葉は出てこない。

「や…やだぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」



…次の瞬間、何が起こったのかはわからない。

「ただ一つ言えるのは…黒い影は苦しみながら消えていって、すぐ近くにお母さんが血を流して倒れていたんです。」

健は涙を拭いつつ、そっと目を開けた。



  目の前には黒く見える液体が流れていた。

「お…お母さん?!!!」

健は血まみれの母へと駆け寄っていった。

「あ…健…悲鳴が聞こえたから…急いで来たの…良かった、無事で…」

雪葉の声は絶え絶えで、かすれていた。

「ぼ、僕…僕…お父さんと爺ちゃん…呼んで…」

健の足はがくがく震えていた。震えが止まらなかった。

「健…優さんと…義父様の事…よろしく…ね…」

雪葉は静かに笑い、目を閉じた。
健の弟妹になるはずの赤子と共に、息を引き取った。



「…僕は…どうする事も出来なかった。ただ、意識が薄れていくお母さんを泣きながら見ているだけだった。僕の『力』は…役に立たなかった。あんなにお母さんが『素敵な力』って褒めてくれて、他の子からかばってくれていたのに…僕は…僕は……」

  健はしゃくりあげながら泣いた。もう言葉は出てこなかった。
坂下はそっと健の肩に手を置き、健の泣き顔をじっと見ていた。

そして、背後の影に気付くと『彼ら』と位置を交代したのだった。






目次へ戻る